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3月の日本旅程(広島、岡山旅行)のまとめ、注意点

3月の日本旅程(広島、岡山旅行)のまとめ、注意点

 

3月22日(火)から3月25日(金)にかけて、広島県、岡山県を旅行しました。今回の旅行でも旬の魚介類や郷土料理を多く食べられ、世界遺産、国宝、国の重要文化財、国の重要伝統的建造物群保存地区など素晴らしい観光地を訪問することができました。今までの4日間の国内旅行で最も多くの観光地を回れた旅行となりました。

今回の旅行では旬の牡蠣など新鮮な魚介類や圧倒的に日本で生産量が多い慈姑(くわい:福山市)や黄ニラ(倉敷市)など産地ならではの農産物も満喫できました。また、御当地グルメの代表格である広島風お好み焼きと尾道ラーメンを食べることができました。皆さんに強くお勧めしたい3月の日本旅程です。今回の旅行のまとめといくつかの注意点を報告します。

 

目次

1、今回の日本旅程で食べられた「郷土料理百選」と「御当地人気料理特選」

2、今回の日本旅程で食べられた旬の「PRIDE FISH」

3、今回の日本旅程の注意点(ローカル鉄道)

4、身軽な恰好での旅行

5、3月22日(火曜日)1日目

6、3月23日(水曜日)2日目

7、3月24日(木曜日)3日目

8、3月25日(金曜日)4日目

 

毎回繰り返しますが、今回の旅程も「旬の魚介類と郷土料理を食べ尽くす」という目的で作成したものです。食が最優先で、観光地の優先順位は2番目です。とはいえ、世界遺産、国宝、国の重要文化財、国の重要伝統的建造物群保存地区など観光スポットをできるだけ多く回ることを目指しました。

 

1、今回の日本旅程で食べられた「郷土料理百選」と「御当地人気料理特選」

広島県:あなご飯、(カキの土手鍋)広島風お好み焼き

広島県では農林水産省が選ぶ「郷土料理百選」からあなご飯を食べることができました。ただし、あなご飯はミニサイズ(茶碗サイズ)を少し蕎麦屋で食べただけでした。次回の広島訪問時は専門店で食べようと決意しています。

あなご飯

なお、あなご飯は少ししか食べられませんでしたが、地穴子の刺身は2回も食べることができました。特に、穴子の皮の湯引きは初めて食べ、その味と食感に感動しました。

酒菜 竹のした

カキの土手鍋は食べられませんでしたが、牡蠣は揚げ出し牡蠣と蒸し食牡蠣として食べることができました。丸々と太った産地で食べる牡蠣は最高の美味しさでした。

酒菜 竹のした

蒸し牡蠣

「御当地人気料理特選」の広島風お好み焼きは3度も食べました。特に、老舗お好み焼き屋の「みっちゃん総本店 八丁堀本店」のお好み焼きは絶品でした。「みっちゃん」の井畝井三男(いせ いさお)と「善さん」の中村善二郎が広島風お好み焼きの元祖と言われています。病弱だった井畝井三男に代わり、19歳だった井畝満夫(いせ みつお)が営業し、店名を「美笠屋」から満夫の愛称の「みっちゃん」に変更しました。「みっちゃん」はそば入りお好み焼を店舗で最初にメニューとして提供するなど、広島風お好み焼きの発展に多大に貢献しました。

そば肉玉子

また、「みっちゃん」では広島の郷土料理の「がんす焼き」も食べることができました。「がんす焼き」は魚すり身に玉ねぎ、とうがらしを入れ表面にパン粉をつけてフライにした広島市西区(草津)や呉市発祥の揚げ蒲鉾です。魚カツの一種です。「がんす」とは「~でございます」の広島方言です。良き言葉をつければ商品もより良く成長するだろうとの願いを込めて広島市や呉市の蒲鉾店によって名付けられたようです。

がんす焼き

福山市の「自由軒」で食べた「くわいの素揚げ」は絶品でした。福山市は日本一の慈姑(くわい)の生産地で全国の生産量の約6割を占めています。もともとは沼地に自生していたものを福山城の堀に植えたのが栽培の始まりといわれています。私は福山市が慈姑の大産地であることを今まで知りませんでした。ちなみに、福山市の環境イメージキャラクターは「くわいちゃん」です。

自由軒

慈姑は実から芽が伸びるため、目(芽)出たい縁起物として正月料理や祝いの席で食べられます。実際、私は慈姑を正月のお節料理でしか食べたことがありませんでした。「自由軒」で食べた「くわいの素揚げ」の美味しさは目から鱗でした。今までの人生で圧倒的に一番美味しい慈姑でした。

慈姑は農林水産省の広島県「うちの郷土料理」に「くわいの甘煮」として、選ばれています。

尾道ラーメンは全国的に有名なご当地ラーメンです。福山市の「尾道ラーメン 一丁」で食べた尾道ラーメンは私が最近食べたラーメンの中でもトップクラスの美味しさでした。尾道ラーメンには2系統あり、「新横浜ラーメン博物館の創業者の岩岡洋志は尾道ラーメンを尾道・福山ラーメンと呼ぶべき」と言っています。従って、福山市で食べる尾道ラーメンも御当地ラーメンと言っていいでしょう。「尾道ラーメン 一丁」のラーメンは黒いスープに豚の背脂が多く浮いている典型的な「尾道ラーメン」でした。

尾道ラーメン 一丁

 

岡山県:(ママカリずし)

岡山県の「郷土料理百選」は「ばらずし」と「ママカリずし」です。私は両方食べられませんでしたが、倉敷市の「浜吉」で焼いたママカリを酢漬けにした「ママカリの酢の物」を食べられました。通常、「ママカリの酢の物」はママカリを焼かずに酢漬けにすることが多いですが、焼いたママカリは酢漬けなのに、焼き魚ならではの香ばさがあり、絶妙の味でした。

ママカリの酢の物

農林水産省は岡山県の「うちの郷土料理」に「ママカリの酢漬け」を選んでいます。「ママカリ」は岡山県の呼び方で、関東では「サッパ」と呼ばれる小魚です。私は東京に25年間住んでいますが、「サッパ」という魚は聞いたことがありませんでした。一方、私が岡山県の隣の兵庫県出身だからか「ママカリ」という魚名はよく知っています。全国的にも「ママカリ」の呼び名のほうが有名のような気がしますが、私の気のせいでしょうか。なお、「ママカリ(サッパ)」を食用としているのは岡山県周辺の香川県、広島県くらいだそうです。

「ママカリ」の語源も有名かと思いますが、「あんまりおいしいので隣にご飯(まんま)を借りに行ってしまう」が語源です。ちなみに、「サッパ」の語源は「さっぱ」と同じニシン科のコノシロと比べると味がさっぱりしているからだそうです。いずれにせよ、変わった語源が魚名になっています。なお、調べてみると「サッパ」は関東では獲れても雑魚として捨てているそうです。

「黄ニラのおひたし」も岡山県の「うちの郷土料理」に選ばれています。黄ニラは岡山県の特産品で、全国生産量の7割を誇ります。黄ニラは普通のニラと同じ種類のニラですが栽培方法が異なります。光を遮断して栽培することによって、葉緑素の発生を抑えて黄色にし、収穫した後は太陽光に当てることで鮮明な黄色になります。黄ニラは生食できるほどクセがなく、上品な香りがします。「浜吉」の「黄ニラのおひたし」もとても美味しかったです。

黄ニラのおひたし

今回、岡山県は半日だけの滞在でしたので、食事も夕食の一食だけでした。次回は岡山県をもっとゆっくりと旅行し、「ばらずし」と「ママカリずし」など他の郷土料理も食べたいと思います。

 

2、今回の日本旅程で食べられた旬の「PRIDE FISH」

広島県:広島かき広島桜ダイ

私が食べることができた広島の「PRIDE FISH」(全国漁業協同組合連合会の選定)は広島かき(旬:1月~3月)と広島桜ダイ(旬:3月~5月)です。

広島県は牡蠣の生産量が全国1位です。その生産シェアは60.4%(2020年)と圧倒的です。なお、生産量2位は宮城県、3位は岡山県、4位は兵庫県、5位は岩手県です。私が食べた牡蠣料理の写真は前掲しましたので割愛します。

広島桜ダイは福山市の居酒屋「海の幸八(こうはち)」で「刺身盛り合わせ」の一品として食べることができました。

海の幸八

備後圏域の沿岸4市(広島県福山市、尾道市、三原市、岡山県笠岡市)と漁業関係団体が「備後フィッシュ」ブランドを推進しています。「備後フィッシュ」とは備後の漁師1,000人が選んだ25種の魚です。マダイは春の「備後フィッシュ」に選ばれています。

「ネブト唐揚げ」は福山市の郷土料理です。ネブトは夏の「備後フィッシュ」に選ばれています。私は初めて食べました。サクサクの衣と食べやすいサイズでビールにも日本酒にも合う絶品料理でした。ネブトは瀬戸内海でとれる体長3~5cmくらいの白身魚です。一般的に「天竺鯛(テンジクダイ)」と呼ばれています。旬は5月~9月と言われているので、3月下旬だと少し旬には早かったかもしれません。ただし、とても美味しかったので大満足でした。

海の幸八

また、「ネブト唐揚げ」は農林水産省の広島県「うちの郷土料理」に選ばれています。

福山市で「ちいちいイカの天ぷら」と呼ばれる「ベイカ(米烏賊)」を福山市と倉敷市で食べることができました。「ベイカ(米烏賊)」はホタルイカと似たサイズの小型のイカですが、ホタルイカのようには光りません。瀬戸内海の岡山県、広島県、香川県などで限定された地域で食べられる流通量の少ない烏賊です。旬は春から初夏です。

海の幸八

ベイカ

 

岡山県:朝干(あさび)のさわらままかり(さっぱ)

全国漁業協同組合連合会が選定した岡山県の「PRIDE FISH」では「朝干(あさび)のさわら」(旬:4月~6月)と「ままかり(さっぱ)」(旬:9月~11月)を食べることができました。

朝干(あさび)とは夜明けごろに干潮を迎える頃のことです。以前は瀬戸内や豊後・紀州の浜ではさわらが獲れると「岡山が揚がった」というほどで、ほとんどが岡山市場に出荷されていました。春のさわらの消費量は岡山が日本一です。岡山のさわらは刺身での消費がメインです。

今回は3月下旬の岡山県訪問となりましたが、私はさわらの刺身が大好物なので、4月~6月に岡山に行き、さわらの刺身を食べたいと思います。なお、私が今回倉吉市の「浜吉」で食べたさわらの刺身もとても美味しい刺身でした。

お造り盛り合わせ

「ママカリ」については先述したので詳細は割愛します。なお、全国漁業協同組合連合会は「ママカリ」の旬を9月~11月としていますが、農林水産省の「郷土料理百選」の「ママカリずし」の説明では「産卵前の6月頃が最も美味しい時期」とあります。次回、岡山県に行ったときに、地元の人に「ママカリ」の旬の時期を聞いてきたいと思います。

岡山県でよく食べられる「ベイカ(米烏賊)」については先述したので割愛します。

 

3、今回の日本旅程の注意点

毎回同じことを書いていますが、大事なことなので繰り返します。今回も旅行のルールとして、レンタサイクルを含む公共交通機関のみを利用する環境配慮型旅行としています。

こちらも再確認となりますが、公共交通機関を利用する旅行は自動車での旅行と比べるとCO2排出量は圧倒的に少なくなります。例えば、国土交通省のデータでは、1人が1km移動する際のCO2排出量は自動車の130gに対し、航空機は98g(自動車の75%)、バスは57g(同44%)、鉄道は17g(同13%)です。

今回はワンマン列車に乗る機会がなかったので、4日間とも困ることなく快適な旅行ができました。

 

4、身軽な恰好での旅行

こちらも毎回、繰り返しになりますが、今回の旅行でも自分の衣服や電源コードを宿泊先に事前に送り、毎日「手ぶら旅行」を楽しみました。やはり、散歩するような身軽な恰好で旅行するのはとてもラクです。鉄道や飛行機で到着後すぐに行動できるのは時間の有効活用に大切なことです。今回も旅行の最終日には、洗濯代行業者に旅行中に着た衣服を送り、洗濯もせずにすみました。皆さんにも「手ぶら旅行」の快適さを経験して欲しいです。

 

5、3月22日(火曜日)1日目

不動院が建てられた時期は明らかではありませんが、平安時代(794年~1185年)の終わり頃には寺が存在していたと考えられています。不動院は一時期衰退しましたが、毛利氏の外交僧で豊臣秀吉の側近にもなった安国寺恵瓊(あんこくじえけい)により復興されました。

1945年8月6日、広島市への原子爆弾投下により不動院も被爆しました。不動院は爆心地から約3.90kmに位置しており、爆風により金堂の屋根の一部が吹き飛ぶなどの被害があったものの、倒壊は免れました。不動院は被爆者の受け入れ先となり、境内にはたくさんの負傷者、死者で溢れかえりました。

1540年に建てられた金堂は国宝です。原子爆弾により壊滅的な被害を受けた広島市は文化財の多くも破壊消滅してしまいました。原子爆弾の被害が最小限に済んだ不動院は広島市内に現存する唯一の国宝です。金堂は不動院が元禅宗であったことが良く分かる質素ながら力強い建物です。

不動院の金堂

不動院の金堂

国宝の金堂以外にも楼門(1594年の建築)、鐘楼(1433年の建築)は国の重要文化財です。楼門も元禅宗らしい素晴らしい門でした。

不動院

不動院

世界平和記念聖堂はカトリック幟町教会(のぼりちょうきょうかい)の聖堂であり、1950年8月6日に着工され、1954年8月6日に竣工しました。設計は 日生劇場や新歌舞伎座など多くの名建築を手がけた建築家の村野藤吾氏です。

ドイツ人主任司祭フーゴ・ラッサールが原爆犠牲者を弔うだけでなく、全世界の友情と世界平和を祈念するための聖堂を新たに建設することを思い立ち、世界各地から届けられた浄財などにより世界平和記念聖堂は建設されました。

世界平和記念聖堂は2006年、丹下健三設計の広島平和記念資料館(本館)とともに、第二次世界大戦後の建築としては初めて国の重要文化財に指定されました。

世界平和記念聖堂

世界平和記念聖堂

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が1981年に広島を訪れた際に、世界平和記念聖堂にも立ち寄りました。今でもヨハネ・パウロ2世が座った椅子が展示されています。

世界平和記念聖堂

世界平和記念聖堂の後に、徒歩5分強の場所にある縮景園へ行きました。縮景園は1620年に完成した大名庭園です。広島藩の初代藩主である浅野長晟が命じて作らせた藩主の別邸が起源です。作庭は浅野家の家老であった上田宗箇(うえだ そうこ)です。上田宗箇は徳島城表御殿庭園や名古屋城二の丸庭園など多くの作庭を行い、茶道では上田宗箇流の流祖としても有名です。

縮景園

縮景園

縮景園は国の名勝で、日本の歴史公園100選にも選ばれています。桜の咲き始めの時期でもあり、多くの人で賑わっていました。

縮景園

 広島城は1591年に毛利輝元が入城したときからその歴史が始まります。毛利輝元が入城した際には未完成だった広島城は1599年に完成しました。完成当時は堀が三重に巡らされた大規模な城構えで、当時最大の大坂城に匹敵する規模の城だったといわれています。 名古屋城、岡山城と共に日本三大平城(日本三大平城は松本城、二条城、広島城とする説もあり)に数えらます。また、日本100名城に選定されています。国史跡にも指定されています。

広島城

広島城の天守閣は1945年の原子爆弾投下の影響によって倒壊しました。その後、1958年に鉄骨鉄筋コンクリート造により外観を復元されました。ただし、最上階の第5層のみ木造です。現在の天守閣は老朽化による耐震性の問題があり、木造による復元が検討されています。

広島城

原爆ドームは1915年に広島県内の物産品の展示・販売をする施設として建てられました。被爆前は広島県産業奨励館と呼ばれていました。

広島県産業奨励館(原爆ドーム)は爆心地から東へ150mの場所にあり、爆風により3階建ての本体部分がほぼ全壊しましたが、中央のドーム部分や枠組みと外壁を中心に残りました。ただし、館内にいた人はすべて即死しました。

原爆ドーム

1996年12月に核兵器の惨禍を伝える建築物として世界遺産に登録されました。

 原爆ドームから元安橋を渡ってすぐの場所にある「原爆の子の像」は2歳のときの被爆による白血病で12歳で死去した佐々木禎子さんをモデルとした像です。佐々木禎子さんの同級生らによる募金運動により作られました。

原爆の子の像

像の石碑には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」と刻まれています。像の周りには多くの折り鶴が置かれています。

原爆の子の像

「原爆ドーム」、「原爆の子の像」と同じ平和記念公園内にある広島平和記念資料館は1955年に開館しました。原爆被災資料を多数公開展示しています。

広島平和記念資料館

広島平和記念資料館

先述のように、丹下健三設計の広島平和記念資料館(本館)は世界平和記念聖堂とともに、国の重要文化財に指定されています。

原爆死没者慰霊碑

食事

広島市内に到着後、広島駅近くの「電光石火 駅前ひろば店」へ行き、広島風お好み焼きを食べました。「電光石火 駅前ひろば店」は食べログ百名店に選ばれた人気店です。通常の広島風お好み焼きと異なり、生地の周りをふわふわの玉子で包み込む「電光石火」が名物です。私も「電光石火」(1,100円)を注文しました。

電光石火

広島風お好み焼きは農林水産省が選ぶ広島県の「御当地人気料理特選」です。広島風お好み焼きは生地と具を混ぜずに焼く「重ね焼き」が最大の特徴です。

なお、「都道府県別統計とランキングで見る県民性」というWebサイトによると人口10万人あたり都道府県別お好み焼店店舗数は広島県が41.48軒と1位でした。2位は徳島県の17.65軒、3位は愛媛県・兵庫県の16.92軒、5位は岡山県15.40軒ですので、広島県のお好み焼き店店舗数は圧倒的です。確かに、広島市内を歩いていてもお好み焼き店はとても多い印象です。大阪府が5位以内に入っていないのはとても意外です。お好み焼きの圧倒的な店舗数を見ると広島県民が「広島風お好み焼き」と呼ばずに単に「お好み焼き」と呼んでいるのもよく理解できます。

広島市内観光を終え、17時から「ビールスタンド重富」で至福の生ビールを飲みました。私は開店10分前の16時50分に店に到着しました。私の到着時は誰も並んでいなかったのですが、開店時間までには行列ができました。

「ビールスタンド重富」のマスターである重富寛氏はビールの伝道師と言われるビール注ぎの名人です。「ビールスタンド重富」では他の飲食店にも行ってほしいとの思いから、営業時間は17時から19時の2時間だけ、注文は2杯まで、滞在時間は20分間までと決められています。最初、こうしたルールを決める店は居心地が良くないのかな、と思いましたが、重富さんは物腰柔らかい方で心配は杞憂でした。

ビールスタンド重富

「ビールスタンド重富」では木の樽をテーブルにした立ち席のみです。ビールサーバーは昔の冷蔵庫を改造したもののようです。重富さんに聞くとオークションで購入したとのことでした。

ビールスタンド重富

私は最初に「一度つぎ」、2杯目に「シャープつぎ」を注文しました。「一度つぎ」は「のどを駆け抜けるような爽快感!今日の一杯目におすすめ」のビールです。

一度つぎ

「シャープつぎ」は「炭酸と苦味が効いたキリッとシャープな味。昭和と平成、2つのサーバーから注ぐ奇跡の1杯」です。「シャープつぎ」の美味しさは感動しました、ビールの泡自体がマイルドで美味しく、ビールはすっきりした味でベストミックスの味でした。

シャープつぎ

なお、ビール注ぎの名人の技を味わうとすると、私が飲んだ「シャープつぎ」と飲めなかった「マイルドつぎ」がいいと思います。「ビールスタンド重富」の説明でも、「シャープつぎ」と「マイルドつぎ」のみが「ビールスタンド重富」オリジナルと書いてありました。なお、「マイルドつぎ」の説明には「炭酸と苦みをしっかり抑えたやさしい味。ビールが苦手な方にもおすすめ」とありました。私はビール好きなので、「シャープつぎ」を注文して正解だったと思います。

なお、他には「二度つぎ」、「三度つぎ」がありました。「二度つぎ」には「一度つぎの爽快感にビールの旨みをプラス。飲み飽きないベストバランス」、「三度つぎ」には「炭酸を程よく抜くことで、麦芽の甘味を感じるやわらかな味わい。グラスから盛り上がる泡」と説明がありました。

「ビールスタンド重富」でおいしいビールを堪能した後、「酒菜 竹のした」で夕食を食べました。注文して食べた全てが美味しく、また、店員さんのサービスもとても良く、インテリアも素敵で大満足の夕食となりました。

酒菜 竹のした

この日、注文したのは「刺身盛り合わせ」、「穴子の刺身」、「葉ワサビ漬け」、「和牛コウネ肉と小カブのサラダ」、「牡蠣の揚げ出し」です。

「刺身盛り合わせ」には太刀魚、ヒラメ、タコ、鰆、夜泣き貝が含まれていました。全て最高に美味しかったのですが、特に、太刀魚の刺身は絶品でした。人生最高の太刀魚の刺身だったかもしれません。

酒菜 竹のした

「穴子の刺身」は一見、「てっさ(フグの刺身)」のような薄造りで綺麗な盛り付けでした。味は絶品でした。また、穴子の皮の湯引きはコリコリとした食感の珍味でした。穴子の皮の湯引きを穴子の刺身で巻いて食べるともう最高でした。とても印象に残る料理でした。

酒菜 竹のした

「和牛コウネ肉と小カブのサラダ」は「コウネ肉」に興味があったので注文しました。「コウネ肉」とは牛の肩バラの一部で、前脚の脇の辺りの部位の肉です。別名「ブリスケ」とも呼ばれます。「コウネ肉」は多くの飲食店で見かけました。「コウネ肉」は広島県民の中ではかなりよく食べる肉らしいのですが、広島以外ではあまり見かけたことがありません。これこそ郷土料理です。「コウネ肉」は噛めば噛むほど美味しい肉汁がしみだすようなとても美味しい牛肉でした。

酒菜 竹のした

「牡蠣の揚げ出し」は旬の最終期にあたる牡蠣の食い納めと思い注文しました。通常、牡蠣は生か焼きかフライで食べることが多いですが、揚げ出しは珍しい食べ方です。

酒菜 竹のした

「酒菜 竹のした」で大満足の夕食を食べた後、「元祖へんくつや 本店」で広島風お好み焼きを食べました。

「元祖へんくつや」は戦後すぐの昭和22年(1947年)に創業したお好み焼き屋台の流れをくむ歴史ある店です。注文したのは「そば肉玉入り」(850円)です。「元祖へんくつや」の広島風お好み焼きは昔ながらの味で美味しかったです。ただし、味に少しパンチが足りないかな、と思いました。

元祖へんくつや

元祖へんくつや

注意点

広島市内の観光スポットのは多くは徒歩圏内です。

路面電車を利用する場合は1両車両の場合は後部の扉が入口で、前方の扉が出口です。また、3両連結車の場合、1両目は後部の扉が入口で、前方の扉が出口です。2両目以降は2両目の扉が入口、3両目の扉が出口になっています。

広島電鉄(路面電車とバス)の一回当たりの運賃は190円(大人)、100円(子供)です。子供は6歳以上12歳未満です。一日に4回以上乗るなら、一日乗車券700円(大人)、350円(子供)がお得です。一日乗車券は電車内や路面電車乗り場で販売しています。

また、広島電鉄(路面電車)全線、宮島航路(宮島松大汽船、JR西日本宮島フェリー)、路線バス(広島電鉄、広島バス、広島交通、芸陽バス、中国ジェイアールバス、HD西広島)に全て乗れる「広島たびパス」もあります。1dayパス(24時間券)が1,000円、2dayパスが2,000円(48時間券)、3dayパス(72時間券)が3,000円です。

広島空港から徒歩5分の場所に「三景園」という日本庭園があります。今回は広島空港到着時に雨天だったため、私は行かなかったのですが、広島空港への到着時や出発時に時間があれば行ってみるのもいいかと思います。

 

6、3月23日(水曜日)2日目

3月23日に宮島に行きました。宮島は日本三景として有名です。

豊国神社

豊国神社は豊臣秀吉が1587年に発願し、毛利輝元に命じて建立した(実際には安国寺恵瓊が建立)大経堂です。戦没者の供養のために建てられました。なお、豊国神社は厳島神社の末社となっています。

畳857枚分の広さがあることから「千畳閣」と呼ばれるようになりました。確かに、内部はかなりの広さでした。

豊国神社

豊国神社

豊国神社の横に建つ五重塔は1407年の建立です。高さは27.6mあります。禅宗様式を取り入れた美しい五重塔です。

五重塔

豊国神社(千畳閣)、五重塔ともに、国の重要文化財です。また、世界遺産「厳島神社」の構成資産として、豊国神社、五重塔がともに登録されています。

宮島ロープウェーに乗り、弥山(みせん)山頂に向かいました。

宮島ロープウェーの終点駅である獅子岩駅を下車してすぐに、獅子岩展望台があります。獅子岩展望台からの瀬戸内海の島々の眺めは美しかったです。曇っていたのが残念でした。

獅子岩展望台

獅子岩展望台

獅子岩展望台から弥山(みせん)山頂に向かいました。登山道をゆっくり歩いて徒歩30分程度かかります。

弥山山頂までの途中に、弥山本堂・霊火堂があります。弥山本堂は弘法大師が御堂を建て100日間の修法を行った場所です。弥山本堂の中にある大聖院梵鐘は平宗盛(平清盛の次男)が1177年に寄進したもので、国の重要文化財です。

弥山本堂

大聖院梵鐘

弥山本堂前の庭には鹿のつがいがいました。

鹿

霊火堂には806年に弘法大師が修法を行った際の霊火が今も「きえずの火」として燃え続けています。

霊火堂

文殊堂・観音堂から歩いてすぐの場所に、くぐり岩・不動岩があります。

くぐり岩・不動岩

くぐり岩・不動岩

くぐり岩をくぐれば、すぐ弥山山頂(標高535 m)です。弥山山頂には巨石群があり、これら巨石群は磐座(いわくら)と考えられています。磐座とは神が宿る岩石のことです。弥山は磐座を祭祀対象とする山岳信仰の山でした。

弥山山頂

弥山山頂

弥山山頂からの景色もとても綺麗でした。曇天が残念でした。なお、伊藤博文は「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と絶賛しました。

弥山山頂

大聖院は宮島で最古の歴史を持つ寺院です。空海が唐より帰国後、宮島に渡り弥山にて修行し、西暦806年に大聖院を開基したと伝えられています。

大聖院には仁王門、御成門、勅願堂、観音堂、摩尼殿、大師堂など多くの堂宇があり、それぞれを見学するだけでも貴重な体験でした。今回、大師堂地下の遍照窟を訪問しなかったことが悔やまれます。

大聖院

大聖院

大聖院

大聖院

特に、赤い帽子を被った五百羅漢を見ながらの散策は楽しかったです。

五百羅漢

五百羅漢

 観音堂には多くの雛人形が飾られていました。

大聖院

雛人形

雛人形

大聖院の見学後、昼食を食べ、嚴島神社へ行きました。

厳島神社

嚴島神社は593年に当地方の有力豪族・佐伯鞍職が市杵島姫命(イチキシマヒメ)を祀る社殿を創建したことに始まります。現在の海上に立つ大規模な社殿は平清盛により整えられました。ただし、平清盛が作った社殿は火災により焼失し、現在残る社殿は1240年-1243年以降に造営されたものです。

嚴島神社

嚴島神社とその末社は世界遺産国宝国の重要文化財などに登録、指定されています。嚴島神社の存在により、厳島は「宮島」と呼ばれています。

 

嚴島神社

嚴島神社

嚴島神社

海上に立つ高さ16mの大鳥居は日本三大鳥居(他は吉野金峯山寺銅鳥居・大阪四天王寺石鳥居)の1つで、国の重要文化財です。現在は修繕工事中で見られなかったのが残念でした。なお、大鳥居修理の終了時期は未定です。

大鳥居

雨が降ってきたため、今回、私は厳島神社に属する多宝塔に行けませんでした。しかし、多宝塔は大願寺境内から見ることができました。多宝塔は国の重要文化財です。

多宝塔

広島駅に到着し、雨が小降りになったので、徒歩10分ほどの距離にある國前寺に行きました。

國前寺は1340年に日像上人によって開山されました。1656年、広島藩2代藩主浅野光晟の正室の満姫の帰依により浅野家の菩堤寺となりました。本堂は1671年の建立です。庫裏も同時期の建立と推定されています。本堂、庫裏ともに広島藩の城大工による建築で、城郭建築の手法が用いられているのが特徴です。

國前寺

國前寺

本堂と庫裏が国の重要文化財に指定されています。広島市内の国の重要文化財(建造物)は私が初日に訪問した不動院(国宝でもあります)、世界平和記念聖堂、広島平和記念資料館と今回訪問した國前寺の4箇所だけです。また、原爆投下前に建立された国の重要文化財は不動院と國前寺だけとなります。

なお、國前寺の山門は広島市指定文化財です。

國前寺

 

食事

MIYAJIMA BREWERY」で「弥山Dragon IPA」を飲みました。私は元々IPAビールが好きです。「MIYAJIMA BREWERY」のIPAもとても美味しいビールでした。IPA以外にも、「HIROSHIMA RED ALE」など様々な種類があるので、次回、宮島訪問時にはいろいろ試したいと思います。

弥山Dragon IPA

「MIYAJIMA BREWERY」は宮島で唯一のビール醸造所です。「MIYAJIMA BREWERY」では一階がスタンドバーと醸造所、3階がレストランになっています。私の訪問時は3階のレストランは休業中でした。

夕食は「いざかや しん」で絶品料理を頂きました。「いざかや しん」で注文したのは、「刺身盛り合わせ」、「じゃがいもちちりめんサラダ」、「白子の昆布焼き」、「穴子天ぷら」です。

「刺身盛り合わせ」には地穴子、白子、鰆、蝦蛄、マグロ、カツオが入っていました。どれもとても美味しく頂きました。特に、蝦蛄、鰆が美味しかったです。

刺身盛り合わせ

「白子の昆布焼き」は白子の刺身とは違ったねっとり感を感じることができる逸品でした。昆布の味が白子に移り、広島産の日本酒と合わせて舌鼓を打ちました。

白子の昆布焼き

「穴子天ぷら」はサクサクとした食感で絶品でした。昼食、夕食とも穴子の天ぷらを食べることができました。穴子の天ぷらは私の大好物です。特に、穴子の天ぷらを天つゆではなく、塩に付けて食べるのが好きです。この日も塩に付けて穴子の天ぷらを食べました。

穴子天ぷら

前日に食べた広島風お好み焼きに完全には満足できなかったので、前回の広島旅行で食べて美味しかった「みっちゃん」で広島風お好み焼きを食べることにしました。

今回訪問した「みっちゃん」は「みっちゃん総本店 八丁堀本店」です。19時過ぎに店に行きましたが、行列ができており30分近く並びました。さすがに、「みっちゃん」人気はすごいです。「みっちゃん総本店 八丁堀本店」は「みっちゃん総本店」の1号店です。また、食べログ百名店です。

「みっちゃん」の「そば肉玉子」は最高の美味しさでした。やはり、他店とは違う印象です。ふわっとしたキャベツの食感も最高です。

そば肉玉子

なお、「みっちゃん」ではマヨネーズがテーブルに置いてあるので、自由にマヨネーズをかけることができます。一般的にはマヨネーズを使うのは関西地方だけで、広島風お好み焼きでは使わないという傾向にあるそうです。実際、前日に食べた「電光石火」でも「へんくつや」でもマヨネーズは置いていませんでした。私は美味しければいいと思うので、マヨネーズをかけるほうが好きです。

 

注意点

広島駅から宮島口駅まで広島電鉄(路面電車)でも行くことはできますが、時間は1時間10分程度かかります。広島駅から宮島口駅までは所要時間30分弱のJR西日本に乗る方が時間の節約になります。

 

7、3月24日(木曜日)3日目

3月24日の朝に、広島駅からバスで「たけはら町並み保存地区」へ向かいました。

たけはら町並み保存地区」は国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。竹原は平安時代に、京都・下鴨神社の荘園として栄えました。京都との歴史的な関わりから、竹原は「安芸の小京都」と呼ばれています。江戸時代には製塩地として発展しました。

たけはら町並み保存地区

たけはら町並み保存地区

たけはら町並み保存地区

たけはら町並み保存地区

現在でも江戸時代の街並みが残っており、落ち着いた風情があります。

たけはら町並み保存地区

たけはら町並み保存地区

「たけはら町並み保存地区」には竹鶴酒造があります。ニッカウヰスキーの創業者で、「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝の生家です。ウィスキーの「竹鶴ピュアモルト」は世界的に人気があり、品薄状態が続いています。私も大好きなウィスキーです。

竹鶴酒造

竹鶴酒造は1733年創業の老舗酒蔵で、今でも「小笹屋」の屋号で日本酒を作っています。

竹鶴酒造

竹原の「道の駅」から尾道駅へ行きました。尾道駅到着後、昼食を食べ、尾道本通り商店街を散策しました。

尾道本通り商店街

尾道本通り商店街は全長約 1.2kmの日本有数の長さを誇る商店街で、商店街沿いには約 210 件の店舗があります。創業 100 年を超える老舗は 10 店舗以上残っており、古い建築物を見ながら、商店街を散歩するのは楽しかったです。

尾道本通り商店街

尾道本通り商店街から少し外れた通りにある旧尾道市分庁舎は元々は住友銀行尾道支店でした。1904年に建てられました。設計は東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店を設計した辰野金吾の弟子であった野口孫市(まごいち)です。野口孫市は国の重要文化財である大阪府立中之島図書館などを設計しました。尾道市分庁舎はとてもユニークな窓の石の意匠が特徴です。

尾道市分庁舎

尾道本通り商店街の散策を楽しんだ後に、天寧寺(てんねいじ)に行きました。天寧寺の開基は1367年です。1388年には室町幕府初代将軍の足利尊氏の息子である第2代将軍足利義詮(よしあきら)が五重塔を建立しました。1389年には天寧寺に第3代将軍足利義満が宿泊するなど、足利幕府との関係が深い寺です。

1692年に五重塔が老朽化したため上部の2層を取り除き、現在の三重塔(高さ約20m)となりました。三重塔は国の重要文化財です。三重塔の上にある坂から眺める風景は尾道を代表する景色のひとつです。

三重塔

牡丹と獅子のふすま絵は日本南画界の重鎮、直原玉青(じきはらぎょくせい)氏の作品です。勢いのある獅子の絵に圧倒されました。

牡丹と獅子

牡丹と獅子

天寧寺の五百羅漢にも圧倒されました。前日に行った宮島の大聖院の赤い帽子を被ったかわいい五百羅漢と違い、天寧寺の五百羅漢は厳かな雰囲気がありました。

五百羅漢

寺伝によれば、西國寺は729年に行基がより建立されました。真言宗醍醐派大本山です。1108年には白河上皇の勅願寺となり、山陽道随一の伽藍を誇りました。現在でも尾道市の寺院の中で最大の規模を誇っています。

仁王門は広島県指定重要文化財です。1648年に建立されました。健脚を願い、2mの大草鞋が吊されています。この大草鞋の大きさにはかなり驚きました。

仁王門

仁王門

1386年、備後国守護大名山名氏により建立された金堂は国の重要文化財に指定されています。600年以上前の建築と思えないくらいに綺麗に残っています。

金堂

西國寺

三重塔は1429年に室町幕府6代将軍足利義教(よしのり)の寄進により建立されました。火災に遭うことなく建立時の美しい姿のまま現在に至っています。三重塔は国の重要文化財です。三重塔の場所から見る尾道の景色はとても美しいです。

尾道の景色

西郷寺は足利尊氏により寄進を受けて1353年に建立されました。本堂は南北朝時代の建築様式を最もよく表し、時宗最古式の本堂の遺構としてされています。本堂と山門は国の重要文化財です。

西郷寺

浄土寺は真言宗泉涌寺派大本山の寺院です。616年に聖徳太子の創建と伝えられています。足利尊氏が九州平定や湊川の戦いの際、戦勝祈願をした寺としても有名です。

浄土寺の本堂と多宝塔は国宝です。

本堂は1327年の建立で中世の折衷様仏堂建築の代表作です。折衷様とは和様建築、 大仏様建築、 禅宗様建築の三者を折衷した様式です。

浄土寺

多宝塔は1328年の建立です。多宝塔としては日本にある6つの国宝のうちの一つです。多宝塔の形式は五重塔や三重塔と異なり、日本独自の塔です。多宝塔は平面が四角形の初層の上に平面が円形の上層を重ねた形式の塔となります。

多宝塔

浄土寺には山門、阿弥陀堂など多くの国の重要文化財はあります。

阿弥陀堂

阿弥陀堂

江戸時代に伝書鳩が裏門で飼われていたといわれており、その名残で現在でも境内には鳩が多くいます。30円の鳩のエサを買って、鳩にあげることもできます。野生の鳩ですが、手にエサを載せると鳩は手や肩にとまるほど人に慣れています。なお、裏門も国の重要文化財です。

裏門

浄土寺

福山駅に到着すると6番線ホームから福山城を見ることができます。ただし、天守閣(内部は福山城博物館)は大規模改修により2022年8月27日まで長期休館中です。天守閣は1966年に鉄筋コンクリート構造により再建されました。

福山駅のホームから左側に見える伏見櫓は三層三階の隅櫓です。1601年前後に建てられたと推定される京都の伏見城・松の丸の東櫓を1620年に移築したものです。水野勝成の福山城築城に当たって、徳川二代将軍秀忠が移築させました。熊本城宇土櫓と並び現存する最古の櫓のひとつです。

伏見櫓

1945年の福山空襲では伏見櫓周囲は火災を免れ、福山城で唯一の現存する櫓となりました。国の重要文化財に指定されています。

 

食事

「たけはら町並み保存地区」の散策を楽しんだ後、「道の駅たけはら」でFUKUBEERを飲みました。FUKUBEERは竹原市田ノ浦で養蜂場を営む「FUKUBEE」の蜂蜜入りのゴールデンエールです。「FUKUBEE」と岩手県石見市の石見麦酒とのコラボ商品です。ビールですが、蜂蜜入りなので午前中に飲むにはぴったりの優しい味のビールでした。

FUKUBEER

尾道駅に到着後、「喰海」で尾道ラーメンを食べました。尾道ラーメンは豚の背脂を浮かせた醤油ベースのスープと平打ち麺が特徴で全国的にも有名なご当地ラーメンです。

喰海

「喰海」の尾道ラーメンは優しい味で美味しかったです。ただし、私には少し麺が柔らかかったかな、と思いました。店主は非常に礼儀正しく、優しい方でした。

尾道散策の途中で、尾道本通り商店街にある「尾道浪漫珈琲」で休憩しました。内装がクラシカルな店内はどこか懐かしい雰囲気の珈琲店です。

尾道浪漫珈琲

「尾道浪漫珈琲」は自家焙煎珈琲の店で、客席で氷で満たされたグラスの中に、サイフォンで持ってこられた珈琲が注がれます。コーヒー2杯分とのことで、とても濃い美味しいコーヒーでした。

福山駅に到着し、ホテルにチェックインした後に、居酒屋「海の幸八(こうはち)」で夕食を食べました。「海の幸八」は福山駅の高架下にあります。

「海の幸八」で注文したのは「刺身盛り合わせ」、「蝦蛄の酢漬け」、「ネブト唐揚げ」、「ちいちいイカの天ぷら」です。

「刺身盛り合わせ」は春が旬のサヨリや真鯛を中心に多くの種類の刺身が綺麗に盛り付けられていました。美味しい刺身でした。

海の幸八

海の幸八

「蝦蛄の酢漬け」は瀬戸内海で獲れた新鮮な旬の蝦蛄を酢漬けにしたもので、日本酒と合う美味しい逸品でした。蝦蛄の旬は3-4月、9-10月の年2回あります。

海の幸八

絶品だったのは、「ネブト唐揚げ」です。サクサクの衣と食べやすいサイズでビールにも日本酒にも合う絶品料理でした。ネブトは瀬戸内海でとれる体長3~5cmくらいの白身魚です。一般的に「天竺鯛(テンジクダイ)」と呼ばれています。旬は5月~9月と言われているので、3月下旬だと少し旬には早かったかもしれません。ただし、とても美味しかったので大満足でした。

海の幸八

「海の幸八」のあとに、「自由軒」で飲みなおしました。「自由軒」は地元民に愛される食堂兼居酒屋という雰囲気の店です。

自由軒

「自由軒」で食べたのは「おでん」と「レバニラ炒め」と「くわいの素揚げ」です。

「自由軒」の「おでん」は甘い味噌がかかっていました。私には少し甘過ぎました。自由軒

絶品だったのは「くわいの素揚げ」です。

自由軒

 

注意点

「たけはら町並み保存地区」には飲食店は少ないので、近くにある「道の駅」で買い物や飲食をするといいでしょう。「道の駅たけはら」は地元産の野菜などを多く販売しており、午前中から多くの竹原市民が買い物を楽しんでいました。明るく清潔な建物は好感を持てました。「たけはら町並み保存地区」の散策前後には観光客にもお勧めしたい「道の駅」です。

尾道駅の観光は基本的には徒歩となります。寺院巡りをすると寺院の間隔が10分程度なので、ちょうどいい距離感となります。しかし、累積の歩く時間は長くなるので、足腰が弱い方々は尾道駅に近い寺院巡りをしたほうがいいと思います。若しくはバスかタクシーを片道だけでも使うのがいいでしょう。

 

8、3月25日(金曜日)4日目

3月25日の朝に、福山駅からバスで鞆の浦(とものうら)へ行きました。

鞆の浦は万葉集(759年)に鞆の浦を詠んだ歌が八首あるなど、古代から集落があった古い街です。足利尊氏が京に上る途中、鞆の浦で光厳上皇より新田義貞追討の院宣を賜った場所でもあります。織田信長によって京を追放された室町幕府15代将軍足利義昭は1576年にほかの幕府の武家とともに拠点を鞆に移し「鞆幕府」と呼ばれた時期もありました。このため、幕末の歴史家・頼山陽は「足利(室町幕府)は鞆で興り、鞆で滅びた」と喩えました。また、「潮待ちの港」として江戸時代に栄えた町でした。

鞆の浦は「福山市鞆町伝統的建造物群保存地区」として、「国の重要伝統的建造物群保存地区」として選定されています。また、2008年公開された「崖の上のポニョ」で、宮崎駿監督が2か月間滞在し、構想を練った地として有名となりました。

常夜燈は鞆の浦のシンボルです。1859年に建造されました。常夜燈は10mを越す大きさで、港の常夜燈としては日本一の高さを誇ります。

常夜燈

なお、江戸期の港湾施設である常夜燈、雁木、波止場、焚場跡、船番所跡が現存しているのは日本全国で鞆港だけです。

常夜燈、いろは丸展示館の近くにある「太田家住宅」は旧保命酒屋です。瀬戸内海を代表する江戸時代の商家、酒蔵の保存状態がいいことから、国の重要文化財に指定されています。

太田家住宅

「太田家住宅」は尊皇攘夷派の三条実美ら7人の公卿が1863年に長州に逃れる際と1864年に長州から船で京都へ向かう際に宿泊場所として使われました。

太田家住宅

保命酒屋「鞆酒造株式会社」は今でも「太田家住宅」から少し離れた場所で営業をしています。風格がある素晴らしい家屋でした。鞆の浦には保命酒を作っている酒造は数店舗あります。

保命酒

保命酒

保命酒

沼名前(ぬなくま)神社は明治時代に渡守神社(わたすじんじゃ)と鞆祇園宮(ともぎおんぐう)を合祀し、「沼名前神社」と改称したものです。社伝では渡守神社の創建に関して、第14代仲哀天皇2年(西暦193年)に神功皇后が西国に向かった際、当地の霊石に綿津見命を祀り海路安全を祈ったことに始まるとされています。一方、鞆祇園宮の創建については不詳です。ただ、鞆祇園宮は京都の八坂神社の本社とされています。

沼名前神社

本社社殿の一段下には安土桃山時代の能舞台があります。元は伏見城内にあって豊臣秀吉も愛用したという組立式の舞台です。この能舞台は福山城主・水野勝成が二代将軍・徳川秀忠より拝領し、それを沼名前神社に寄進したものです。組み立て様式の能舞台は国内で唯一現存しているものです。国の重要文化財です。内部は見ることができません。

能舞台

沼名前神社から5分程度歩くと安国寺があります。安国寺は1273年に無本覚心(法燈国師)を開山として金宝寺(安国寺の前身)として創建されました。安国寺の釈迦堂、木造阿弥陀如来及両脇侍立像は国の重要文化財です。

安国寺

安国寺

「いろは丸事件」の際、鞆の浦を訪れた坂本龍馬らが宿泊したのが桝屋清右衛門宅です。桝屋清右衛門宅の天井裏の隠し空間に坂本龍馬が隠れて滞在していたと言われています。坂本龍馬が宿泊したのは1867年、京都で殺害される約7カ月前です。

龍馬の隠れ部屋

龍馬の隠れ部屋

龍馬の隠れ部屋

「福禅寺対潮楼」は鞆の浦観光のハイライトです。「福禅寺対潮楼」は国の史跡に指定されています。福禅寺は950年頃、空也上人によって、「観音堂」(天台宗)として創建されたと伝えられています。対潮楼は1694年に建立されました。

福禅寺対潮楼

対潮楼は朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、1711年の第8回通信使では従事官の李邦彦が対潮楼から見た鞆の浦の景色を「日東第一形勝」(朝鮮より東の世界で一番風光明媚な場所の意)と賞賛しました。この文を額にしたものが対潮楼に掲げられています。また、対潮楼からの眺望写真は谷村新司の「いい日旅立ち(山口百恵のカバー)」のCDジャケットにも使われました。

福禅寺対潮楼

福禅寺対潮楼

福禅寺は「いろは丸事件」の際、海援隊と紀州藩の交渉の場にもなりました。

磐台寺阿伏兎(あぶと)観音は鞆の浦から約4km離れた場所にあります。

磐台寺阿伏兎(あぶと)観音

磐台寺阿伏兎(あぶと)観音

磐台寺は992年に花山法皇により石造十一面観音像を本尊に祀り、付近の航海の安全を祈願するために創建されました。1185年には源平合戦(治承・寿永の乱)により被害を受けました。観音堂は1570年に毛利輝元によって創建され、国の重要文化財に指定されています。

磐台寺阿伏兎(あぶと)観音

観音堂はその美しさから歌川広重の浮世絵などの絵画の題材に多く取り上げられています。

観音堂

明王院は807年に常福寺として、弘法大師によって創建されました。

明王院の本堂と五重塔は国宝です。

本堂は1321年の建立です。和様建築に大仏様、禅宗様を加味した折衷様建築の代表例とされています。

明王院

五重塔は1348年に建立された純和様の塔です。高さは29メートルあるとても美しい塔です。この五重塔は日本で5番目に古い塔です。

明王院

草戸千軒町は芦田川に埋もれた中世遺跡です。遺跡からの出土遺物は福山市にある広島県立歴史博物館で保存・展示されています。出土遺物は国の重要文化財に指定されています。

明王院の隣に草戸稲荷神社があります。草戸稲荷神社は807年に空海上人が明王院(当時は常福寺)の鎮守として祀ったのが最初とされます。草戸稲荷神社は「京都伏見稲荷の系列の中における日本稲荷5社」と称されています。

草戸稲荷神社

元々、草戸稲荷神社の社殿は芦田川の中州に鎮座されていましたが、1655年に福山藩水野家第3代勝貞が今の地に社殿を移しました。

草戸稲荷神社

現在の本殿は昭和時代末期にコンクリート構造物の上に移設されたものです。本殿からは素晴らしい景色を堪能できます。

草戸稲荷神社

草戸稲荷神社

倉敷駅到着後、徒歩10分程度の大橋家住宅へ行きました。なお、大橋家住宅は「倉敷美観地区」から少し離れた場所にあります。

大橋家住宅は1796年から1799年に建設されました。白壁に貼り瓦、倉敷格子など倉敷独特の建築様式を有します。国の重要文化財に指定されています。

大橋家住宅

大原美術館新児島館(仮称)は1922年に建てられた倉敷初の本格的洋風建築です。元々は第一合同銀行倉敷支店、中国銀行倉敷本町出張所でした。国登録有形文化財です。設計は大原美術館や倉紡中央病院などを設計した薬師寺主計(やくしじかずえ)です。

大原美術館新児島館

大原美術館新児島館(仮称)は2021年10月1日に暫定開館しました。私の訪問時は無料開放していました。現代美術家ヤノベケンジの巨大な彫刻作品「サン・シスター(リバース)Sun Sister(Rebirth)」が展示されています。「サン・シスター(リバース)」は定期的に立ち上がります。

サン・シスター(リバース)

サン・シスター(リバース)

「倉敷美観地区」は「倉敷市倉敷川畔伝統的建造物群保存地区」として「国の重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。「倉敷美観地区」の街並み散策はとても楽しいものでした。

倉敷美観地区

倉敷美観地区

「倉敷美観地区」にある倉敷川では「くらしき川舟流し」があります。倉敷館観光案内所にて、大人500円、子ども250円の料金でチケットが販売されています。大人500円にはかなりお得感があり、私が訪問した日には15時頃には当日チケットは完売でした。

くらしき川舟流し

倉敷美観地区

倉敷美観地区

大原美術館は日本を代表する美術館の一つです。西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初の美術館です。1930年に開館しました。

大原美術館

大原美術館分館はDOCOMOMO (Documentation and Conservation of buildings, sites and neighbourhoods of the Modern Movement) JAPAN選定「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選ばれています。

大原美術館分館

倉敷アイビースクエアは1889年に建設された倉敷紡績所(現:クラボウ)の本社工場を再開発した複合文化施設です。敷地内には宿泊施設やレストラン、倉紡記念館などがあります。

倉敷アイビースクエア

倉敷アイビースクエア

倉敷アイビースクエア

旧大原家住宅は江戸時代後期(1700年代末期)に建てられました。一階の倉敷格子や二階の倉敷窓、なまこ壁など蔵屋敷の典型的な特徴があります。従来、大原家当主が居住しており、内部は非公開でしたが、2018年4月に「語らい座大原本邸」として公開を始めました。

旧大原家住宅

「語らい座大原本邸」

「語らい座大原本邸」

「語らい座大原本邸」

旧大原家住宅は国の重要文化財です。

有隣荘は1928年に大原孫三郎が家族で住むために建てた大原家の旧別邸。緑色の瓦屋根が特徴的な建物です。独特の製法で焼かれた瓦は見る角度によって緑色に光ります。緑の瓦の色合いと土色の塀とのコントラストも素晴らしいです。1947年には昭和天皇の宿泊所としても使用されました。年に春と秋に1回ずつ、大原美術館主催の特別展示の際に内部が公開されています。

有隣荘

有隣荘

 

食事

鞆の浦、明王院・草戸稲荷神社から福山駅に戻り、「尾道ラーメン 一丁」で昼食を食べました。

私は「ラーメン」(650円)を注文しました。「尾道ラーメン 一丁」のラーメンは黒いスープに豚の背脂が多く浮いている典型的な「尾道ラーメン」でした。

尾道ラーメン 一丁

ラーメンの味は最近食べたラーメンの中でもトップクラスの美味しさでした。前日に、尾道で食べた「喰海」では麺が少し柔らかく感じたのですが、「尾道ラーメン 一丁」のラーメンは私好みの固めの麺でした。また、スープに背脂がとても多く入って保温効果が高いため、食べ終わるまで熱々のスープだったこともうれしかったです。

倉敷観光を終え、「浜吉(はまよし)」で夕食を食べました。「浜吉」で注文したのは「お造り盛り合わせ」、「ママカリの酢の物」、「ベラタ(穴子の稚魚)」、「黄ニラのおひたし」、「ベイカ(米烏賊)」、「たこみそ(タコの肝)」、「たこもち(タコの卵)」です。いろいろな種類の郷土料理や珍味を食べることができました。

お造り盛り合わせ

「浜吉」の焼いたママカリを酢漬けにした「ママカリの酢の物」は絶品でした。通常、「ママカリの酢の物」はママカリを焼かずに酢漬けにすることが多いですが、焼いたママカリは酢漬けなのに、焼き魚ならではの香ばさがあり、絶妙の味でした。

ママカリの酢の物

「ベラタ(穴子の稚魚)」もツルっとした食感が堪らない美味しさでした。「ベラタ」は穴子の稚魚で岡山県での呼び名です。全国的には「ノレソレ」と呼ばれています。なお、「ノレソレ」は高知県での呼び名が全国に広がったものです。なお、兵庫県(淡路島や明石市)では「ハナタレ」、茨城県では「ペロペロ」と呼ばれているそうです。いろんな名前があるのですね。「ハナタレ」と言われると食べる気がしなくなります。「ベラタ」は1月~3月頃によく獲れるので、私が食べた3月末は旬の最後の時期でした。

ベラタ(穴子の稚魚)

「黄ニラのおひたし」も岡山県の「うちの郷土料理」に選ばれています。黄ニラは岡山県の特産品で、全国生産量の7割を誇ります。

黄ニラのおひたし

「ベイカ(米烏賊)」は前日に福山市で食べた「チイチイいか」のことです。前日の「ベイカ」は少し癖(独特の苦味)がありましたが、「浜吉」の「ベイカ」は全く癖がなかったです。とても美味しい「ベイカ」でした。なお、岡山県における「ベイカ」の旬は4月から6月中旬です。

ベイカ

「浜吉」で一番感動した食べ物は「たこみそ(タコの肝)」でした。タコの肝は生まれて初めて食べたと思います。「浜吉」ではタコの肝を煮詰めて調味料で味をつけ凍らせたものを薄く削って提供しています。日本酒と良く合う絶品珍味でした。こういう絶品料理に出会えるので、旅行はやめられません。

たこみそ

 

注意点

私は鞆の浦バス停で下車してしまいましたが、常夜燈周辺から散策を始めるのであれば、終点の鞆港バス停で降りる方が便利です。なお、鞆の浦観光情報センターは鞆の浦バス停下車すぐです。観光情報を集めるには鞆の浦バス停で下車するべきです。

 

 

 

 

(注:文中に掲載している交通機関の出発・到着時間や運賃、入場料、食事の料金などはBLOG執筆時のものです。今後変更する可能性がありますので、旅行に行く際にご自身でご確認ください。)

 

 

 

 

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