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12月の日本旅程3日目(青森県3日目)

12月の日本旅程3日目(青森県3日目)

(12月13日 月曜日)

 

目次

1、最勝院五重塔

2、木村産業研究所

3、栄螺堂

4、黒門

5、長勝寺

6、旧弘前偕行社

7、旧藤田家住宅(太宰治まなびの家)

8、津軽藩ねぷた村

 

1、最勝院五重塔

青森・秋田旅行3日目は朝から大雪でした。それでも、できるだけ多くの観光スポットを回ろうと考え、宿泊ホテル近くの「最勝院五重塔」へ行きました。「最勝院五重塔」は1667年完成しました。弘前藩(津軽藩)藩祖為信の津軽統一の過程で戦死した敵味方の供養のために建立したといわれています。

五重塔としては日本最北端の国の重要文化財です。東北地方一の美塔と言われています。雪が積もってとても綺麗でした。

最勝院

境内も雪の中、静けさがあり厳かな雰囲気でした。

最勝院

 

2、木村産業研究所

「最勝院五重塔」から「長勝寺」に歩いて向かう途中に「木村産業研究所」がありました。建築家前川國男がル・コルビュジエのもとで学んで帰国後初めて手掛けた建築物です。日本最古のモダニズム建築と言われています。2021年に国の重要文化財に指定されました。ただし、私にはその良さが理解できませんでした。

なお、前川國男の代表作は東京都上野公園の東京文化会館や東京都美術館などです。

木村産業研究所

 

3、栄螺堂

長勝寺に向かう禅林街の中ほどに「栄螺堂」があります。1839年に建立されました。堂内は右回りの回廊と直進階段が併用されており、三十三観音や百観音が配置されています。栄螺堂としては東北地方では2つだけ(もう一つは会津若松の旧正宗寺三匝堂、国の重要文化財)しかありません。弘前市の有形文化財です。

栄螺堂

 

4、黒門

栄螺堂のすぐ近くに「黒門」があります。「黒門」は長勝寺の門として禅林街の表門です。弘前市の有形文化財です。

黒門

 

5、長勝寺

禅林街の最奥に「長勝寺」があります。「長勝寺」は曹洞宗の寺院で弘前藩(津軽藩)藩主津軽家の菩提寺です。三門、御影堂、本堂、庫裏、津軽家霊屋、銅鐘は国の重要文化財です。

特に、1629年に建立された三門は素晴らしい迫力でした。やはり、私は禅宗の三門が大好きです。

長勝寺

長勝寺

長勝寺

境内には、本堂、庫裏、銅鐘以外にも蒼龍窟の五百羅漢がありました。雪が降る中を歩くのは大変でしたが、雪景色の「長勝寺」は全て素晴らしかったです。誰もいない新雪の境内で素晴らしい建物に囲まれるのは最高の幸せでした。

長勝寺

長勝寺

長勝寺

長勝寺

長勝寺

長勝寺

 

6、旧弘前偕行社

昼食後、吹雪の中を歩いて「旧弘前偕行社」へ行きました。「旧弘前偕行社」は1907年に旧陸軍将校の集会所・社交場として弘前市に建設されたものです。国の重要文化財です。1月13日のBLOGに投稿したように、設計者は青森銀行記念館などを設計した堀江佐吉です。木造平屋建てで、東西の桁行き48.8mと幅広い造りになっています。横幅が広すぎて、広角レンズでないと建物全体の写真撮影ができませんでした。

旧弘前偕行社

予約が必要ですが、「旧弘前偕行社」の内部は見学が可能です。ガイド付きは1日1回12:00~所要時間約40分です。見学料は1人500円となります。また、9:00~16:00までガイド無しの見学も可能です。見学料は1人300円となります。私は時間が無く、内部の見学をしませんでした。

 

7、旧藤田家住宅(太宰治まなびの家)

「旧弘前偕行社」の隣に、「旧藤田家住宅(太宰治まなびの家)」があります。太宰治(津島修治)が1927年から1930年までの旧制高校時代の3年間を過ごした家です。藤田家は津島家の親戚です。旧藤田家住宅は太宰治が人生初の自殺未遂を図った家でもあります。

旧藤田家住宅

太宰治(津島修治)が暮らした部屋や使用した机などがそのまま残されています。旧藤田家住宅は弘前市の有形文化財に指定されています。

旧藤田家住宅

 

8、津軽藩ねぷた村

「旧藤田家住宅(太宰治まなびの家)」のあとに、「津軽藩ねぷた村」へバスで行きました。弘前市は弘前公園を中心に徒歩で観光できる街ではありますが、「旧藤田家住宅(太宰治まなびの家)」と「旧弘前偕行社」は少し離れた場所にあります。雪が吹雪いてきましたので、「津軽藩ねぷた村」へはバスで行くことにしました。

弘前ねぷた

弘前市には弘前駅から弘前公園を巡回する「土手町循環バス」が運賃100円で運行しています。運行間隔も10分間なので、旅行者にとっても非常に便利なバスです。「津軽藩ねぷた村」へ行くには「文化センター前」で下車して、徒歩5分程度です。なお、4月~11月は「ためのぶ号」というバスが運賃100円で運行しており、「ねぷた村」バス停があるのでさらに便利です。

弘前ねぷた

弘前のねぷたは国の重要無形民俗文化財に指定されています。弘前市などの「ねぷた」と青森市などの「ねぶた」との違いは明確な理由がありません。口語が「ねぷた」、文語は「ねぶた」と使い分けられ、青森市民でも「ねぷた」と話すことが多いということです。

弘前ねぷた」と「青森ねぶた」の違いは、ねぷた絵が描かれた扇型の灯篭が「弘前ねぷた」、横長の立体的な人形灯篭が出るのは「青森ねぶた」と分けられるようです。次の写真の1枚目は「弘前ねぷた」、2枚目は「青森ねぶた」です。

弘前ねぷた

ねぶた

この2タイプに加え、垂直方向に高い背丈がある人形灯篭を出す五所川原市の「立佞武多(立ちねぷた)」もあります。青森県各地で行われる「ねぷた(ねぶた)」祭りはそれぞれの地域により、弘前のような扇型の灯篭や青森市のような横長の人形の灯篭、五所川原市のような縦型の人形灯篭を出して祭りを行っています。

私は「弘前ねぷた」について反省しなければいけません。弘前駅の弘前市観光案内所で「津軽藩ねぷた村」に行くことを勧められた際、『青森市の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」に行ったから、もうねぶたは見た』と伝えました。観光案内所の方がムッとして『「青森ねぶた」と「弘前ねぷた」は全然違う』と言っていましたが、私はたいして違いはないだろう、と思っていました。各地の祭りに対する誇りを踏みにじってしまい大変申し訳なく思います。

弘前ねぷた

弘前ねぷた

なお、「ねぷた(ねぶた)祭り」の起源は七夕まつりで行われる灯篭流しと考えられています。また、「ねぶた(ねぷた・ねふた)」という名称は「ねむりながし」の眠りが「ねむた」、「ねふた」になったと考えられています。1722年の弘前藩庁「お国日記」には「ねむた」、「ねふた」、「ねふた流し」との表記があるそうです。弘前藩庁があった「弘前ねぷた」が「ねぷた(ねぶた)祭り」の最初であったともいわれます。

「津軽藩ねぷた村」にはかわいい「金魚ねぷた」や招き猫、2022年の干支の虎のねぷたも展示されていました。

弘前ねぷた

弘前ねぷた

また、毎日、津軽三味線の生演奏を聴くことができます。私が訪問した日は、大師範の福士千加子さんによる素晴らしい演奏を聴けました。

津軽藩ねぷた村

「津軽藩ねぷた村」には国の登録記念物に指定されている日本庭園「揚亀園」(ようきえん)があります。私の訪問日には吹雪で見学どころではありませんでした。

津軽藩ねぷた村

入場料:大人550円、高中学生350円、小学生220円

「津軽藩ねぷた村」から「土手町循環バス」の乗り、弘前駅へ行きました。その後、秋田駅へ行きました。本来、特急で行きたかったのですが、雪の影響で特急が運休となり、仕方なく各駅停車の列車で秋田駅へ行きました。私が利用した列車は以下の通りです。

弘前駅14:48発 JR奥羽本線 秋田行 秋田駅17:22着 運賃2,640円

なお、各駅停車の列車と比べ特急運賃は4,000円と高くなりますが、30分近く早く秋田へ到着します。

 

(注:文中に掲載している交通機関の出発・到着時間や運賃、入場料、食事の料金などはBLOG執筆時のものです。今後変更する可能性がありますので、旅行に行く際にご自身でご確認ください。)

 

 

 

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