城端曳山祭を知っていますか?神楽坂で城端曳山祭を体験しよう
城端曳山祭と城端の歴史
城端曳山祭に参加したため、城端曳山祭や城端の歴史、神楽坂とのかかわりを投稿します。城端曳山祭は、毎年5月5日に富山県南砺市の城端で行われる、歴史ある祭りです。城端曳山祭はユネスコ無形文化遺産に登録されています。この祭りは、江戸時代からほとんどスタイルが変わらない伝統文化・行事として、地元住民だけでなく、多くの観光客をも魅了しています。夕刻からは提灯山となり、日中とは違う風情を楽しめるのも魅力です。神輿巡行が曳山に加わったのは1724年であるため、2024年の今年は300年の節目にあたります。
城端自体の歴史は非常に古く、縄文時代からの大きな集落の存在が確認されており、古代から人々の生活の場として栄えてきました。1573年に善徳寺が城端に移ったことから門前町として町が大きく発展しました。善徳寺は、現在では東本願寺(真宗大谷派)の城端別院です。
善徳寺の周辺地域では、特に絹織物の製造が盛んでした。この地域の絹産業は、五箇山地区(ユネスコの世界文化遺産)から運ばれる大量の繭を原料として利用し、高品質の生糸を生産していました。製造された絹は主に京都の西陣地区へ運ばれ、のちに江戸にも運ばれました。この絹産業は、城端の経済発展に大きく寄与しました。
城端曳山祭では、江戸時代から続く伝統的な山車や庵唄が披露されることで知られています。これらの山車は、職人技による繊細な彫刻と鮮やかな色彩で飾られ、見る者を魅了します。庵唄は、江戸端唄の影響を受けた城端の独特の音楽スタイルであり、その美しい旋律は祭りの雰囲気を一層高めています。庵唄は、京都祇園の一力茶屋などを模した精巧な「庵屋台」の中で囃子方(三味線、篠笛、太鼓)、唄方が練り歩きます。
江戸端唄(えどはうた)とは
端唄は、江戸時代中期から流行し始めた日本の伝統的な歌です。特に江戸市中で広まり、幕末には特に人気を博しました。端唄は、上方の端歌と区別するために「江戸端唄」とも呼ばれています。この歌は、武士や町人だけでなく、一般の庶民にも親しまれ、江戸の日常生活に密接に関わる芸能となりました。江戸端唄は、地唄や浄瑠璃など、様々な音楽要素が組み合わさって江戸風にアレンジされ、その軽快なリズムと短い歌詞が特徴です。
庵唄(いおりうた)とは
庵唄は、城端曳山祭特有の音楽表現で、江戸端唄を源流としていますが、独自の発声法や演奏法が特徴です。この唄は、庵屋台の中で演奏され、祭りの山車が町を練り歩く中で、三味線や篠笛、太鼓に合わせて唄われます。庵唄は、庵屋台の装飾や演奏される場の雰囲気にも影響を受け、非常に地域色豊かな芸能となっています。
庵唄所望(いおりうたしょもう)とは
庵唄所望は、特定の家庭や場所で特別に庵唄を依頼し、演奏してもらう伝統的な形式です。祝儀を払い、自分の家の前や指定した場所で庵唄を聴くことができます。この習慣は、演者と聴衆との間に特別な絆を生み出し、祭りの体験をより個人的で意義深いものにしています。
「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり」で城端曳山祭を体験しよう
城端曳山祭に行けなかった方でも、5月18日と19日に開催される「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり」で庵唄を楽しむことができます。このイベントでは、城端から来た囃子方と唄方が、神楽坂の裏路地を練り歩きながら、曳山祭の雰囲気をそのままに、庵唄を披露します。この機会に、越中の小京都とも称される城端の伝統文化に触れてみてください。神楽坂でユネスコ無形文化遺産の城端曳山祭を体験しよう。
スケジュール
5月18日[土]会場 毘沙門天善國寺からスタート 17:30
5月19日[日]会場 毘沙門天善國寺からスタート12:00、14:00」
神楽坂へのアクセス
◆東京メトロ 東西線 神楽坂駅、若しくは飯田橋駅
◆東京メトロ 南北線 飯田橋駅
◆東京メトロ 有楽町線 飯田橋駅
◆都営地下鉄 大江戸線 牛込神楽坂駅、若しくは飯田橋駅
◆JR総武線 飯田橋駅